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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)4263号 判決 1996年2月29日

本訴原告・反訴被告(以下、単に「原告」という。) フィガロ技研株式会社

右代表者代表取締役 松浦俊二

右訴訟代理人弁護士 小松陽一郎

右輔佐人弁理士 塩入明

本訴被告・反訴原告(以下、単に「被告」という。) 中国興業株式会社

右代表者代表取締役 松本克己

<ほか一名>

本訴被告 常深剛生

被告ら訴訟代理人弁護士 小川剛

主文

一  被告中国興業株式会社は、原告に対し、金六三一三万一五三二円及びこれに対する平成五年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告中国興業株式会社に対するその余の本訴請求並びに被告松本克己及び被告常深剛生に対する本訴請求をいずれも棄却する。

三  被告中国興業株式会社及び被告松本克己の原告に対する反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、原告と被告中国興業株式会社との間においては、原告に生じた費用の一〇分の一を被告中国興業株式会社の負担とし、その余を各自の負担とし、原告と被告松本克己及び被告常深剛生との間においては、全部原告の負担とする。

五  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  本訴(原告)

1  被告らは原告に対し、連帯して金五億二五〇〇万円及びこれに対する平成五年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  仮執行の宣言

二  反訴(被告中国興業株式会社及び被告松本克己)

1  原告は、被告中国興業株式会社(以下「被告会社」という。)に対し金一〇〇〇万円、被告松本克己(以下「被告松本」という。)に対し金五〇〇万円を各支払え。

2  仮執行の宣言

第二事案の概要

一  原告の特許権

1  原告は左記の特許権を有していた(平成六年六月四日の経過により存続期間満了。甲第一ないし第三号証。以下「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という。)。

発明の名称 ガス感知素子

出願日 昭和四九年六月四日(特願昭五六―一七七六二九)

出願公告日 昭和六一年八月二五日(特公昭六一―三七五七七)

登録日 平成二年四月二三日

登録番号 第一五五六一九五号

特許請求の範囲 「金属酸化物半導体に一対の電極を接続すると共に、上記半導体の外部表面に、易燃性ガスを酸化・除去し難燃性ガスを透過させる白金族酸化触媒フィルターを直接に被覆し、かつ前記半導体を加熱するためのヒータを設けたことを特徴とするガス感知素子。」(別添特許公報〔甲第一号証〕参照)

2  本件特許発明の構成要件

本件特許発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。

ア 金属酸化物半導体に一対の電極を接続すると共に、

イ 上記半導体の外部表面に、易燃性ガスを酸化・除去し難燃性ガスを透過させる白金族酸化触媒フィルターを直接に被覆し、

ウ かつ前記半導体を加熱するためのヒータを設けた

エ ことを特徴とするガス感知素子

3  本件特許発明の作用効果

本件特許発明は、右構成を採ることにより、次の作用効果を奏するものと認められる。

(一) 半導体の外部を白金族触媒で被覆するようにしたため、CO等の易燃性ガスを除去し、メタン・ブタン等の難燃性ガスのみを検出することができる。

(二) 素子の構成が簡単で、フィルター部の感度による相対感度の低下がない。

(三) 白金族触媒を用いるので、半導体と触媒との固相反応等の悪影響がない。

二  原告の販売商品とその商品表示

原告は、昭和四四年以降今日まで、商品名「TGS109」の略称である「109」(以下「『109』の表示」という。)を付したガスセンサ単体(以下「原告商品」という。)を製造販売している。

三  被告会社の行為

被告会社は、原告の取引先である訴外新コスモス電機株式会社に対し、「原告の輸出用の商品で余っているものがあるので買ってほしい。」と申し入れ、裏側に「109」の表示が原告商品とは異なるロット番号等と共に印刷されたラベルの貼付されているガスセンサ(以下「イ号物件」という。)を、LPガス用のものは単価三四〇~三五〇円で、都市ガス用のものは単価四四〇~四五〇円で、昭和六三年一月から平成五年九月までの間販売した(争いがない。)。

四  原告の本訴請求並びに被告らの反論及び反訴請求

原告は、

①イ号物件は、本件特許発明の技術的範囲に属するものであるから、被告会社はその販売により本件特許権を侵害したものである、

②原告商品の「109」の表示及び商品形態は原告の商品であることを示す表示として周知性を取得しているところ、被告会社の販売したイ号物件は、右「109」の表示が付されており、また原告商品と同一の形態であるから、右販売により原告商品との混同を生じさせたものであり、被告らには故意・過失がある

と主張して、被告会社に対し、民法七〇九条又は不正競争防止法二条一項一号、四条に基づき、原告の被った損害として六億六三五三万九三四七円の内金五億二五〇〇万円(一部請求)及びこれに対する原告が右侵害行為を知った平成五年一月二七日の後である平成五年二月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、

③被告松本は被告会社の代表取締役であるところ、その職務を行うについて被告会社の本件特許権侵害行為及び不正競争行為につき悪意がある(商法二六六条の三第一項)、

④被告常深剛生(以下「被告常深」という。)は被告会社の従業員であるところ、被告会社の本件特許権侵害行為及び不正競争行為に加担した(民法七〇九条)

と主張して、被告松本及び被告常深に対しても、被告会社と連帯して右と同額損害賠償金を支払うよう求めたものである。

被告らは、本訴について、

被告会社がイ号物件を訴外パルエンジニアリング株式会社から購入して新コスモス電気株式会社に販売したのは、原告の創業者で代表取締役社長であった甲野某(平成六年五月死亡。以下、単に「甲野」という。)の指示に基づくものであり、甲野が当時既に代表取締役社長を退任して取締役会長となり代表権を失っていたとしても、同人は原告のセンサ販売業務を担当していたものであり、結局被告会社は原告の指示に基づいてイ号物件を購入、販売したことになるから、被告会社の行為には違法性がなく、また、被告らには故意はもちろん過失もない、

甲野についての商法二六二条の適用ないし類推適用により被告らは損害賠償責任を負わないと反論するとともに、

被告会社及び被告松本は、反訴により、

原告の本訴の提起、追行はいわゆる不当訴訟として不法行為を構成すると主張して、被告会社において弁護士費用一〇〇〇万円、被告松本において慰謝料五〇〇万円の損害賠償を求めたものである。

五  争点

(本訴・反訴共通)

1 イ号物件は、本件特許発明の技術的範囲に属するか。

2 原告商品の「109」の表示及び商品形態は、原告の商品であることを示す商品表示として周知性を取得したものであり、被告会社がイ号物件を販売することにより原告商品との混同を生じさせたものであるということができるか。

3(一) 被告会社の行為は、原告の指示に基づくものとして違法性を欠くか。

(二) 被告らには故意・過失があるか。被告松本には被告会社の代表取締役としての職務を行うにつき悪意があるか。

(三) 甲野についての商法二六二条の適用ないし類推適用により被告らは損害賠償責任を負わないか。

4 被告らが損害賠償責任を負う場合、原告に賠償すべき損害の額。

(反訴関係)

5 原告による本訴の提起はいわゆる不当訴訟として不法行為を構成するか。不法行為を構成する場合、原告が被告会社及び被告松本に賠償すべき損害の額。

第三争点に関する当事者の主張

一  争点1(イ号物件は、本件特許発明の技術的範囲に属するか)について

【原告の主張】

イ号物件は、甲第五号証(分析・解析報告書)により、素子表面部のシリカ部にパラジウムが存在することが、甲第七号証により、半導体を加熱するためのヒーター部が設けられていること、本件特許発明の作用効果を奏することが分かるから、本件特許発明の技術的範囲に属することが明らかである。

なお、イ号物件は、原告商品の不良品で本来廃棄処分されるべきものであったのを、被告会社が後記三【原告の主張】1記載の経緯で不正に入手し、これに加工・再生処理を施したものであると考えられる。

【被告らの主張】

原告の主張は争う。

二  争点2(原告商品の「109」の表示及び商品形態は、原告の商品であることを示す商品表示として周知性を取得したものであり、被告会社がイ号物件を販売することにより原告商品との混同を生じさせたものであるということができるか)について

【原告の主張】

原告商品の「109」の表示及び商品形態は、遅くとも昭和六二年には全国的にガス警報器業界において周知性を取得していたものであり、したがって、被告会社は「109」の表示が付され、原告商品と同一の形態のイ号物件を販売したことにより、原告商品との混同を生じさせたものである。

1 原告商品は、わが国のガス漏れ警報器に使用されているガスセンサでは、その市場を圧倒している。

そして、原告商品の商品名「TGS109」の略称である「109」の表示が周知性を取得していることは明らかである。すなわち、原告商品の取扱業者は、原告商品が主として家庭用のガス漏れ警報器用のガス感知素子であって、その取扱いには常に高度の注意義務が要求されるため、極めて限られた数である。原告商品は、その出荷数とこの種商品の全国の検定数とを対比すれば昭和六二年まではシェアが七五パーセントを下回ることがなく(特に都市ガス用については九〇パーセント以上)、原告商品の主要出荷先である新コスモス電機株式会社等の五社の証明書(甲第一五号証の1~5)により右周知性の証明は十分である。

ちなみに、右新コスモス電機株式会社では、品名に「S―109 LP」や「S―109 T」と表示しており、原告の昭和五七年以前のパンフレットや矢崎総業株式会社の「矢崎技術リポート」では、原告商品について「♯109」と記載されている。更に、甲第二二号証の1(化学センサ実用便覧六二五頁)では、「SnO2系の代表例は、フィガロ技研製で…商品名♯109」と記載され、同号証の2(電子展望昭和四九年八月号)でも、九五頁〔表一〕に「♯109」の表示がみられるとともに、九八頁左欄一三行に「素子は♯109が使われ」と記載され、同号証の3(ガスセンサとその応用一〇二頁)でもセンサの一つとして「♯109」が紹介されている。そして、「♯109」の表示と「109」の表示は要部が同一である。

2(一) 原告商品の外観上の商品形態は、次のとおりである。

a 金網のキャップとキャップの下側の金属リングと底面のベースからなり、

b キャップの頂面はほぼ平らであり、

c キャップは目が細かいためガーゼ状の質感を持ち、

d 金属リングは、キャップ側の先端が絞られ、底面では金属リングの下部を絞った円環がベースの外周を取り巻き、

e ベースの底面は平らであり、

f ベースから四本の金属ピンが突出し、これらのピンは長方形状に配置されている。

(二) 前掲甲第二二号証の1~3の外、甲第二三号証の1~12には、原告商品の形態が記載されている。特に通商産業省工業技術院の「化学センサに関する調査研究報告書」、日本化学会等協賛の日本表面科学会主催の「第三回表面科学セミナー」、財団法人大阪科学技術センターの報告書等の公的機関の報告書にも原告商品の形態等が報告されており、原告商品の形態の商品表示性、周知性の取得(及び「109」の表示の周知性の取得)を裏付けるものである。

(三) イ号物件の形態が原告商品の右(一)の形態と実質的に同一であることは、検甲第一号証(原告商品)と検甲第二号証(イ号物件)との対比により明らかである。

【被告らの主張】

原告の主張は争う。

三  争点3((一)被告会社の行為は、原告の指示に基づくものとして違法性を欠くか。(二)被告らには故意・過失があるか。被告松本には被告会社の代表取締役としての職務を行うにつき悪意があるか。(三)甲野についての商法二六二条の適用ないし類推適用により被告らは損害賠償責任を負わないか。)

【原告の主張】

1 イ号物件が原告商品の不良品を再生したものであっても、以下のとおり、被告の行為は特許権侵害行為及び不正競争行為としての違法性を阻却されるものではない。

(一) 原告商品は都市ガス用センサとしての需要を目的としており、原告において、最初に量産ロット毎の抜取検査を行い、そこで合格したロットに対し、都市ガス用に出荷できるよう全数検査(選別)を行い、この選別で不合格となったものは一旦在庫とし、これらについて今度は要求特性の低いLPガス用に検査し、この検査でも不合格となったものを不合格センサとして廃棄する。

なお、原告商品のユーザー(例えば新コスモス電機株式会社)においても、原告から納入された原告商品を別に全数検査するが、そこで都市ガス用センサとして不合格とされてユーザーから返品されてきたものでも、再度原告において選別検査をして合格したものを再出荷することもある。

原告商品を原告において何度も検査するのは、原告商品がガス漏れ警報器に用いられるものであるため、万が一にも不良品が市場に流れてガス漏れ事故が起きるようなことになれば、原告にとって致命的な打撃となるからである。ガス漏れ警報器には厳密な検定制度が設けられており、原告商品はかかるガス漏れ警報器の中枢部のセンサであるため、その品質管理はメーカーにとって極めて重要な問題なのである。

したがって、不良品については、在庫品が余っているから適当に廉価販売をして市場にそのまま流してもよい、ということには絶対にならないのであって、廃棄処分すなわち解体処分をしなければならない(但し、解体してすべてを棄てるわけではなく、貴金属のイリジウム・パラジウム合金からなる電極線等は回収する価値がある。)。

(二) 原告は、荒木産業株式会社に、原告商品の不良品を廃棄(解体)処分するよう指示して一キログラム当たり一三〇〇円で売却した(荒木産業株式会社が解体して右電極線を回収すれば、一キログラム当たり二三〇〇円程度になる。)。

荒木産業株式会社は、これを廃棄処分させるために更にパルエンジニアリング株式会社(旧商号「ドナルドデイビス株式会社」)に売却していたようである。

ところが、パルエンジニアリング株式会社は、右原告商品の不良品につき一旦キャップ部分を分解して改めて液に漬けたり焼成したりして再生処理を施し、イ号物件としたものである。

そうすると、イ号物件は原告商品とは別物であり、原告の真正商品ではないから、被告らの特許権侵害行為について違法性が阻却される余地はない(なお、電圧をかけて処理するという方法も一種の加工行為と考えられるが、仮に加工行為ではないとしても、その数はごく一部ということであり、被告らがイ号物件の中から真正商品を特定することに成功していない本件では無視してよい。)。

また、イ号物件における「109」の表示のシールも、原告商品の不良品に貼付されたものをパルエンジニアリング株式会社で貼り替えたものであるから、新たな商品表示の表示行為が行われたといえるし、商品形態についても、右のとおり一旦キャップ部分を分解して再生処理がされているのであるから、新たに商品表示の表示行為が行われたということができる。

(三) 原告の代表取締役社長となった西田善太郎が甲野らと一緒に新コスモス電機株式会社に挨拶に行った事実はあり、原告が甲野を新コスモス電機株式会社との取引についての窓口責任者とした事実もある。

しかし、それは当然のことながら、正規の取引についてのことであり、甲野が業務上背任を犯して違法な特許権侵害品を取り扱い、原告の新コスモス電機株式会社に対する商権を侵させることまで原告が容認することなどありえない。

仮に原告の真正商品が会社内部の者を介して第三者に販売されていたのであればそれは内部関係の問題であるといえるかもしれないが、原告商品の検査に合格した真正商品は正規ルートで新コスモス電機株式会社に販売されていたのであり、被告会社が入手したイ号物件は、原告から流出したものであるとしても、検査に合格しておらず廃棄(解体)処分されたものが右(二)のような再生行為を施されて(したがって、特許権侵害になる。)販売されたものであるから、違法性が阻却される余地はない。

なお、甲野が検察庁の取調べを受け、また死亡直前に原告代表者に面会を求め自己の所業を告白した事実がある。

(四) 被告らは、イ号物件の仕入先であるパルエンジニアリング株式会社は原告の子会社であると主張して、イ号物件の流通について原告の関与があるかのように主張する。

しかし、原告は、パルエンジニアリング株式会社(旧商品「ドナルドデイビス株式会社」)とは何ら資本的なつながりはない。なお、原告の関連会社として、一時期、「ドナルド・デイビス・ジャパン株式会社」が存在したが、これは右パルエンジニアリング株式会社とは何の関係もない。

(五) 被告常深は、被告会社の従業員であり、パルエンジニアリング株式会社の従業員・取締役でもあるが、甲野やパルエンジニアリング株式会社の代表取締役である田中誠の指示があったとしても、自ら責任者として原告商品の不良品につきシールの貼替えや再生処理を指揮していたのであるから、被告会社との間に共同不法行為が成立することも問題がない。

2 被告らには本件特許権侵害行為及び不正競争行為について過失があることはもちろん、故意(被告松本については商法二六六条の三第一項にいう悪意)があるというべきである。

(一) 被告らは、イ号物件を販売してきたのは甲野の指示に従ってきただけで、侵害について故意はなかった旨主張する。

しかし、被告会社がイ号物件を取り扱うようになった時期には、甲野は既に原告の代表権を失っていたのである。しかも、甲野の紹介で被告会社がパルエンジニアリング株式会社との間で貴金属合金線の取引を継続中であったという昭和六一年には、徳山曹達株式会社(現商号「株式会社トクヤマ」)が原告と事業提携するということがマスコミで報じられており、そこでは甲野が原告の代表取締役を退いたことまで報道されている。したがって、甲野と親しかったという被告松本がその事実を知らないはずがない。甲第三三、第三四号証は、被告らが本件不法行為を行う以前の時期(昭和六一年三月)の挨拶状であるが、これらには甲野が原告の「代表取締役を辞任し、取締役会長に就任」「西田善太郎氏を私の後任の代表取締役として、迎える」「取締役会長甲野某」「代表取締役社長(新任)西田善太郎」と明記されており、特に甲第三三号証は甲野の私信と思われるので、当然被告松本も入手しているはずである。なお、これを受けて、被告会社は、例えば昭和六一年六月吉日の本社・倉庫移転予告の葉書、昭和六二年元旦の年賀状の宛名を、「フィガロ技研株式会社甲野会長殿」と表示して送付していたのである。いずれも甲野の挨拶状の直後の葉書であり、そこで甲野の肩書を変更しているのであるから、被告会社において挨拶状の存在を知らなかったとする被告らの主張は事実に反する。

また、被告会社は、イ号物件について相当多額な販売をしており(平成三年度で約三億二五〇〇万円、平成四年度で約三億〇七〇〇万円)、被告会社の売上高からすれば新コスモス電機株式会社はトップクラスの納入先であったと思われるにもかかわらず、被告会社のパンフレットや新聞記事では、主要納入先として新コスモス電機株式会社の名前が挙げられておらず、主力製品としてガスセンサが記載されていないし、イ号物件の製造元でパルエンジニアリング株式会社の親会社だと思っていたという原告に被告松本は年末年始の挨拶にすら来ていない。これらの事実からすると、被告会社はイ号物件の取引を隠蔽しようとしていたものと疑われる。被告らは、右パンフレットに新コスモス電機株式会社の名前が挙げられていない点について、被告会社はセンサについて全く知識も技術もなく、仕入先、納入先も指示されて、ただ運搬する程度のことしかなしえない特殊な仕事であったので、これを記載しなかったのみで、他意はない旨主張するが、乙第一号証のパンフレット(最終頁)の「沿革」欄には、「センサー…等と業務範囲を拡大している」と記載しているのである。センサーを取り扱っていると記載しながら、トップの売上げの納入先を記載していないことの合理的説明はつかないであろう。

被告会社がイ号物件の取引を始めるについては、当初甲野が輸出用に製造したセンサが余っているので(スポット的ということを意味する。)これを販売してみないかと持ち掛けてきたものであるといいながら、その後長年にわたって膨大な量のイ号物件の取引を継続してきたことからも、故意の存在は十分推認できる。

被告常深は、原告商品が特許権によって保護され、半導体センサとして国内の圧倒的シェアを有していることを知っていたはずである。パルエンジニアリング株式会社の代表取締役である田中誠は右事実を知っていたのであるから、被告常深が知らないはずはない。

(二) 以上のように、被告らには故意の存在が十分に推認されるが、これとは別に、本件特許権の侵害については、特許法一〇三条により被告らの過失が推定される(法律上の推定)。

したがって、被告らとしては、抗弁として過失の不存在を証明しなければならない。その抗弁の内容は、①本件特許権の存在を知らなかったことに相当の理由があること、又は②本件特許権の存在は知っていたが、イ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属しないと信じるについて相当の理由があることのいずれかである。

そして、本件では技術的範囲の属否が問題となっていないので、右の①のみが問題となる。具体的には、本件特許権が存在しているか否かについて一般に要求されている注意義務を尽くしたかどうかということになる。そして、特許法一〇三条は、規定上は推定であるが、事実上はみなし規定に近く、実務上、抗弁としての過失の不存在が認定されることはまずない。なぜなら、特許権の存在は特許公報等で公示されているので、それを見なかった者に過失を推定するのは合理的であり、特許公報へのアクセスができなかったということはまずありえないからである。

(三) 被告らは、故意・過失の不存在について種々主張するが、その主張するところは、抗弁としての要件事実と全く無関係な事柄ばかりである。

本件特許権の存在は特許公報(甲第一号証)で明らかにされており、被告らがこれにアクセスすることは当然にできたのである。特に、化学工業品を取り扱う被告会社が自ら主張するような優良企業であるとすれば、右のような本件特許権の存在を調査すべき義務に違反したという過失は一層明らかである。被告らが甲野を信じていたと主張しても、右過失の存在とは無関係である。特許権侵害物の所有権を適法に取得したとしても、特許権侵害を免れることはできないからである。

不正競争防止法の観点からみても、被告松本は、原告と新コスモス電機株式会社とが原告商品を取引してきたことを知っていたというのであるから、真正商品たる原告商品にアクセスすることはたやすかったのであり、過失の存在が推認されるというべきである。右のように被告松本が、原告と新コスモス電機株式会社とが原告商品を(正規ルートで)取引してきたことを知っていたという事実によれば、甲野が別ルートの取引を勧めるということは、同人の取締役としての競業避止義務、忠実義務に違反しているのではないかと当然疑うべきであったから、これも過失の存在を裏付けるものといえる。

被告常深も、もともと原告に勤務して真正商品の存在を知っており、パルエンジニアリング株式会社に移ってから、前記のように原告商品の不良品につき再生処理等を指揮していたのであるから、不正競争防止法上の過失の存在は問題なく肯定される。

3 被告らは商法二六二条の本件への適用ないし類推適用を主張するが、同条は表見代理と同趣旨の規定であり、代表権限のない者が無権限で会社の代表者として取引行為をした場合に、取引の安全の見地から会社と善意の第三者との関係で取引行為があったものとみなすものであるところ、本件では、原告と無関係のパルエンジニアリング株式会社から原告商品とは異なるイ号物件が被告会社に販売されており、原告商品が原告から直接被告会社に販売されたものではないこと、本件は特許権侵害等の不法行為事件であって取引の安全とは無関係であること等からして、本件に同条を適用ないし類推適用する余地はなく、主張自体失当である。なお、代表権がないことを知らないことについて重過失のある第三者は、同条によっては保護されない(最高裁昭和五二年一〇月一四日判決・民集三一巻六号八二五頁)。

【被告らの主張】

1 被告会社は、以下のとおり原告の指示に基づいてイ号物件を購入、販売したものであるから、仮にこれが本件特許権侵害行為及び不正競争行為に当たるとしても、違法性を阻却されるというべきである。

(一) 被告会社は、種々の商品の購入・販売を業とする中堅優良商社であり、信用と実績のある会社しか加入できない関西化学協会の会員であって、その得意先は上場企業又はその関連会社が大半を占めているが、被告がイ号物件の本件取引を行ったのは、以下の経緯のとおり、原告の創業者である甲野の勧めによるものである。

(1) 被告会社の代表取締役社長である被告松本は、昭和五七、八年頃、同じ池田カントリークラブの会員同志として甲野と知り合い、同人が被告松本の卒業した関西学院大学の先輩に当たり、センサを開発した原告の創業者社長で、いわゆる成功者の一人であることが分かった。

以後、被告松本は、甲野の誘いにより、原告の代表取締役社長であった同人を訪問し、原告の応接室において面談したこともある。

(2) 昭和六〇年頃、被告松本は、被告会社が種々の商品を取り扱う商社であることから、甲野から貴金属合金線の分析表、形状等を示されてその商品の見積作成を依頼され、その見積書を提出したところ、甲野に呼ばれ、原告の会議室において、同人から、その商品を、原告の子会社で下請会社であるというドナルドデイビス株式会社(後に「パルエンジニアリング株式会社」と商号変更)に納入するように指示された。

その取引は順調に進み、被告松本としてはその取引が被告会社の取引量の増加に資することになるとして喜んでいた。

(3) その後、甲野が、被告松本に対し、原告が輸出用に製造したセンサが大量にあるので、これを国内で販売してみないかと言って、イ号物件について商談を持ち掛けてきた。

被告会社は、種々の商品を取り扱っていたものの、センサなどという商品は取り扱ったことがなく、販売ルート、技術的資料、知識もないので、被告松本がその旨答えると、甲野は、その買主として新コスモス電機株式会社を紹介し、売却単価等の指示もしてくれた。被告松本が社員を同社に出向かせたところ、同社はそのセンサを購入することを承諾した。なお、その際の甲野の言によると、原告は子会社であるパルエンジニアリング株式会社を通じてセンサを出荷するので、被告会社の仕入先は同社になる、ということであった。

取引条件については、仕入先であるパルエンジニアリング株式会社に対する被告会社の支払は現金、販売先である新コスモス電機株式会社の被告会社に対する支払は一部手形、一部現金ということであり、また、被告会社のいわゆるマージンは四パーセント程度で、被告会社が取り扱う商品の一般的なマージンの一〇~一五パーセントと比較して相当低かったが、被告松本としては、原告が(当時の被告松本の意識では、甲野即原告であった。)販売ルートまでセットしてくれたので、その条件を了承した。

(4) 一般に、商品の流通ルートに商社が介在する理由、存在意義については、

① 商社が大量にある商品を仕入れ、これを少量ずつ各購入先に販売することにより、その購入先が直接仕入れをする手間を省くという場合、

② 信用ある商社が中間に介入することによって、その仕入先、購入先の不安を除去するという場合、

③ 購入先の支払が手形などのときに、商社が仕入先に現金で支払うことにより、仕入先に対して資金調達的機能を果たすという場合、

④ 仕入先あるいは購入先の会社が種々の社内事情により行う場合(商社はその会社の内部事情については、深く追及しないケースがほとんどである。)、

⑤ 仕入先あるいは購入先との関係により、それらの会社が、商社に利益をもたらすために好意的に商社を経由する形をとってくれる場合(世上このようなケースは多々存在する。)

が考えられるところ、被告松本としては、原告が被告会社をそのセンサ取引の中間に介在させてくれる理由について、深く考えたわけではないが、漠然と右の③ないし⑤のケースであると判断していた。

ただ、取引が始まると、新コスモス電機株式会社からの商品注文の回数が多く、これをパルエンジニアリング株式会社から受け取って梱包のまま新コスモス電機株式会社に運び、更に、その商品の半分近くが返品となるため、既に新コスモス電機株式会社で梱包している返品分を同社まで取りに行って、パルエンジニアリング株式会社に運搬するという経過をたどることになったので、そのように頻繁な注文回数・返品回数があるとは知らなかった被告松本としては、その煩雑さを実感し、このように煩雑な作業を被告会社にさせるために被告会社を関与させたのではないかと思うようになった。

被告会社においてはその取引のために専従の社員を雇用する必要も生じたので、被告松本は、甲野に対し、もう少しマージンの幅を上げてもらえないかと打診してみたが、同人の許容するところとならなかった。

(5) イ号物件の取引は、平成五年三月末頃まで継続した(但し、残務整理にその後数か月を要した。)。

その間、甲野の原告における地位は、昭和六一年二月二七日代表取締役社長から取締役会長に、更に平成三年六月一〇日相談役に変わっていたが、被告松本は、その事実について誰からも知らされることなく、甲野が原告の社長であることについて全く疑念を有していなかったし、原告との間で直接取引があったわけではないので、その事実を知る機会もなく、甲野からも何の説明もなかった。

被告松本、ひいては被告会社がそのことを知ったのは、平成五年三月一七日に原告から被告会社宛に質問状が送られてきた時点である。その質問状の差出人である原告代表取締役の名が松浦俊二となっていたこと、すべて原告の指示どおり行っていると思っていたにもかかわらず、このような質問状が原告から送られてきたことに驚いた被告松本が、甲野に確認したところ、甲野は、原告における甲野の地位が前記のとおり変わってきていることを認めたものの、原告内部のことなので甲野の方で処理するから、被告松本はこの件については一切関与しないようにと強い口調で指示した。

被告松本は、事情が全く分からないので、甲野の指示に従い、その後原告から警告書が送られてきた際も、それに対して甲野の指示どおりの回答書を送付した。

被告松本は、甲野は創業者社長であるし、同人の指示に従っていれば間違いないものと全面的に信用していたものである。

(二)(1) その後の調査で判明したことであるが、甲野は、原告の代表取締役社長から取締役会長になった直後である昭和六一年三月二四日、新たに代表取締役社長となった西田善太郎他数名の原告役員を帯同して新コスモス電機株式会社を訪問し、同社の役員及び西田善太郎ら原告役員の前で、西田善太郎が原告の社長となり、自分は会長となったこと、新コスモス電機株式会社とのセンサの取引は、従前どおり甲野において担当することの二点を言明している。また、甲野は、右代表取締役社長辞任から二年経った昭和六三年一月になっても、原告の経営戦略会議において、経営の根幹に関する話をし、新コスモス電機株式会社の担当は従来どおり続ける旨言明している。

右事実からすると、原告においては、少なくとも新コスモス電機株式会社とのセンサ取引については、すべてを甲野に委ねていたことは明白である。

甲野は、原告において右のような権限を有していたわけであるから、被告会社が同人の指示に基づき、イ号物件をパルエンジニアリング株式会社から仕入れて新コスモス電機株式会社に販売したことは、とりもなおさず原告の指示に基づき右取引を行ったものと法的には同一視しうるものである。

(2) そもそも、本件のイ号物件の取引において、被告会社の納入先は原告の大口取引先の新コスモス電機株式会社であり、仕入先は原告の子会社であるパルエンジニアリング株式会社である。したがって、まず、本件の取引の開始自体、原告の関与なしにはできるはずがない。新コスモス電機株式会社にしても、イ号物件についての確信を持たなければ購入しないはずであり、パルエンジニアリング株式会社にしても、原告の指示がなければイ号物件を被告会社に販売するはずがない。

また、イ号物件の取引が始まった後でも、被告会社が新コスモス電機株式会社に納入したイ号物件の数量に見合うだけ、同社が原告から購入する原告商品の数量も減少するはずであり、仮に原告が被告会社と新コスモス電機株式会社との間のイ号物件の取引を当初知らなかったとすれば、異常を感じ、新コスモス電機株式会社に問い合せる等しているはずである。そのような事実がなく、また、被告会社と新コスモス電機株式会社との間のイ号物件の取引に五年余りもの間何の支障も生じなかったのは、原告が被告会社と新コスモス電機株式会社との取引を知っていたか、少なくとも黙認していたことによるものと考えざるをえない。このように原告商品の販売量が大幅に減少したにもかかわらず、真相究明もせず、五年間も放置するような経営者など存在するはずがない。

(3) 被告会社において調査したところによると、原告の現代表取締役松浦俊二も、本件が発生する直前まで甲野から同人所有の家屋を借り受けて居住していたものであり、朝一緒に散歩したり、自宅近辺の夜飲食する店を紹介してもらい一緒に出入りする等、極めて昵懇な仲であった。この点からみて、松浦俊二自身、被告会社と新コスモス電機株式会社との間のイ号物件の取引を当初から知っていたことは容易に推測できるものである。

(4) なお、原告は、平成六年一〇月三日付準備書面において初めて、パルエンジニアリング株式会社(旧商号「ドナルドデイビス株式会社」)は原告の子会社ではなく、資本的なつながりはない、との主張をしたが、原告の関連会社としてドナルド・デイビス・ジャパン株式会社という会社が存在したことも主張している。

しかし、「ドナルドデイビス株式会社」と「ドナルド・デイビス・ジャパン株式会社」とは、下部にジャパンという文字がついているか否かだけの違いであり、同一商号とみなされるべきものである。原告の主張によると、ドナルド・デイビス・ジャパン株式会社は原告の関連会社であるのに対し、ドナルドデイビス株式会社は、その存立はすべて原告のセンサを製造する業務に依存しているものの原告の関連会社ではないということになるが、第三者である被告会社にそのようなことが分かる道理がない。

(三) 被告常深は、イ号物件の取引について極めて微弱な関与しかしておらず、いかなる意味においても責任を負うものではない。

(1) 被告会社がパルエンジニアリング株式会社、新コスモス電機株式会社との間でイ号物件の取引を開始した約一年半後である平成元年六月頃、新コスモス電機株式会社から技術的なことの問合せがあったが、前記のとおり被告会社にはセンサに関する知識・技術が全くなかったので、甲野に相談したところ、パルエンジニアリング株式会社の従業員である被告常深に説明させるということであり、ただ被告会社の従業員ということにして行かせた方がよいからそのようにさせるので、何か技術的な面での問合せがあったらいつでも連絡してくれたらよい、ということであった。そこで、被告会社は、技術的な問題が生じた場合、被告常深に連絡して同被告に説明等に行ってもらっていたわけである。

したがって、被告常深は被告会社の従業員ではない。

また、被告会社としては、被告常深がパルエンジニアリング株式会社の取締役であるということは、本件訴状の記載を見るまで知らなかったものである。

(2) 被告常深は、平成元年五月に形式上パルエンジニアリング株式会社の取締役に就任しているが、実際には単なる製造関係の従業員にすぎず、同年六月頃から右のように被告会社から連絡がある都度、技術的な問題についての説明・打合せに新コスモス電機株式会社に赴いていたにすぎず、それ以外のことには全く関与していない。

被告常深は、原告の業務担当取締役会長である甲野がすなわち原告であるという考えのもとに行動していたものであり、また、パルエンジニアリング株式会社は原告の子会社であり下請会社であると確信し、甲野、パルエンジニアリング株式会社における上司である田中誠の指示どおりに動いていたものにすぎない。

2 仮に被告会社の行為が本件特許権侵害行為及び不正競争行為に当たるとしても、以下のとおり、被告らには故意(被告松本については商法二六六条の三第一項にいう悪意)はもちろん、過失もない。

(一) 仮に甲野がイ号物件の取引を新コスモス電機株式会社に指示するについて、原告内部における正当な手続(例えば取締役会の承認等)を経ていなかったとしても、全くの部外者である被告会社に分かるはずがない。

もちろん、法的に取締役会の決議を要する事項(例えば重要なる財産の処分等)なら、被告会社において原告の取締役会の決議の有無を確認する必要があるといえるかもしれないが、本件の場合は、日常取り扱う商品の取引にすぎず、被告会社にとっては一抹の疑念も抱く余地がなかったことは明らかである。

(二) 被告松本ないし被告会社において、被告会社と新コスモス電機株式会社との間でイ号物件の取引が開始された時点で甲野が原告の代表取締役を辞任していたことを知らなかったのは、右1(一)記載の経緯から明らかであるが、更に、以下の事実も挙げることができる。

(1) 被告会社から原告に電話して甲野を呼ぶと、出張等で留守の場合を除き、電話はつながった。甲野は、会長になってもほとんど毎日原告に出社しており、相談役になってからも週のうち三、四日くらいは出社していたのである。

(2) 甲野は、従前から原告の社風として、役職をもって人を呼ぶことを禁じており、たとえアルバイトの職員であっても、甲野のことを「甲野さん」と呼ばせ、「社長」などとは呼ばせていなかった。

(3) 甲野は、社長を辞めた後も、引き続き平成三年七月まで取締役会長として原告に在職し、立派な会長室におさまっていた。

一般的に、創業者社長が会長になる場合、その権限が縮小されることなどないはずであるから、仮に被告松本ないし被告会社が、甲野が社長から会長になったことを知った場合でも、そのことによって同人の原告における権限について疑問を感じることはなかったはずである。

(三) 原告は、被告松本は甲野が原告の代表権を失っていたことを知っていたはずである旨主張し、その根拠として甲第九号証の1~6(新聞記事)、第三三、第三四号証(挨拶状)及び第三九号証の1(被告会社の本社・倉庫移転予告の葉書)、同号証の2(被告会社の年賀状)を挙げる。

しかし、右の甲第九号証の1~6(新聞記事)については、被告松本は、本件訴訟において証拠として提出されるまで全く見たことがなかったし、仮に見ていたとしても、原告と徳山曹達株式会社との業務提携によって、原告における甲野の権限が縮小されるなどということは考えなかったはずである。確かに、甲第九号証の4・5には、徳山曹達株式会社が原告に三〇パーセント資本参加するとか、甲野が会長に就任し、徳山曹達株式会社から社長を迎え入れる等の記載があるが、これを素直に読めば、誰しも残りの七〇パーセントの資本は創業者側が持っており、甲野の権限は縮小していないと考えるはずである。

甲第三三、第三四号証(挨拶状)については、被告らはこれらを受領していないし、見たこともない。

甲第三九号証の1・2(被告会社の葉書・年賀状)については、被告会社にその控えもなく、差し出しているか否かはっきりしたことは不明である。仮に差し出していたとしても、被告会社においては、甲野の代表権がなくなっているなどとは考えてもみなかったものである。

また、原告は、被告会社がパンフレットに主要納入先として新コスモス電機株式会社の名前を挙げていないことを悪意に解釈するが、被告会社は、センサについて全く知識も技術もなく、仕入先、納入先も指示されて、ただ運搬する程度のことしかできない特殊な仕事であったので、これを記載しなかっただけのことで、他意はない。

(四) 本件は、特許法一〇三条が適用されるべき事案ではない。

(1) 本件は、結局、原告の取締役会長であり、センサ販売の業務を担当していた甲野が、被告会社に対し、原告の正規のセンサであると欺罔して、イ号物件(再生品あるいは不良品のセンサ)を売り付け、被告会社は甲野の言を信じてその指示どおりにイ号物件を購入、販売したというケースである。これにより生じた結果に対する責任は、専ら原告において負担すべきものである。

このような場合、万一イ号物件が偽物であることによって被告会社が損害を被った場合、被告会社は甲野に対して損害賠償を請求しうることはもちろん、原告に対しても、その使用者責任を問いうるはずである。なぜなら、原告の業務担当取締役会長であった甲野が、その事業の執行につき、第三者である被告会社に対し損害を加えたことになるからである。本件の場合は、たまたま被告会社に損害が発生せず、被告会社からイ号物件を購入した新コスモス電機株式会社にも損害が発生しなかったため、その責任問題が顕在化せず、原告が被告会社あるいは新コスモス電機株式会社から使用者責任を追及されないで済んでいるだけのことである。

仮に、原告主張のように被告会社がイ号物件を取り扱ったことが本件特許権侵害に当たるとして原告から被告会社に対し損害賠償を請求することができ、しかも特許法一〇三条によって原告が保護されるとするならば、こんな不条理なことはない。損害が発生していれば被告会社や新コスモス電機株式会社から使用者責任を追及されるべき原告が、たまたま損害が発生しなかったからといって、反対に被告会社に対して損害賠償を請求できるというのは、矛盾している。

(2) 特許法一〇三条は、特許権を侵害した者が、特許権の存在、範囲その他を知らなかったと主張した場合に、特許権者の方で侵害者の過失を立証する負担を減じたものにすぎない。この規定により、侵害者は自らの無過失を立証する必要に迫られ、しかも、その立証は極めて困難であることから、通常の特許権侵害訴訟においては、右規定が絶大な効力を発揮する。

しかし、以上のとおり、被告らは、特許権の存在、範囲等を問題にしているのではなく、原告の業務担当取締役会長に原告の正規のセンサであると欺罔されて、イ号物件(再生品あるいは不良品のセンサ)を取り扱わされたと主張しているのであるから、本件は、特許法一〇三条の射程距離外の問題で、同規定とは無関係である。

3 被告らは、甲野についての商法二六二条の適用ないし類推適用により損害賠償責任を負わないというべきである。

(一) 被告松本ないし被告会社は、甲野の勧めでイ号物件の取引を開始するに際し、甲野を原告の代表取締役社長だと信じていたものであるが、現実には、甲野は、原告の取締役会長であったから、少なくとも原告の表見代表取締役である。

株式会社は、表見代表取締役のなした行為については善意の第三者に対し責任を負わねばならず(商法二六二条)、その第三者の善意については、無過失であることを要しない(最高裁昭和四一年一一月一〇日判決・民集二〇巻九号一七七一頁)。

本件の場合は、逆のケースであって、自ら表見代表取締役を作出していた原告の方から善意の第三者である被告らに対して五億二五〇〇万円もの巨額の損害賠償を請求しているのであり、不当訴訟の典型である。

(二) 原告は、本件は取引の安全とは無関係である旨主張するが、表見代表取締役の制度の趣旨は、「第三者をして代表権を有するものと誤信させるような名称を付けた会社は、その名称を信じて行動した者に対して責任を負うべきである」というもので、本件において当然適用ないし類推適用されるべきものである。

四  争点4(被告らが損害賠償責任を負う場合、原告に賠償すべき損害の額)について

【原告の主張】

1 原告は、本訴において、民法七〇九条に基づき、被告らの侵害行為により得べかりし利益を喪失したことを損害として請求するものである。

本件は、被告らの侵害行為と同時に原告商品の売上げが落ち込んでいること、侵害行為がなければ注文者(新コスモス電機株式会社)から確実に注文があったこと、原告の販売経路が奪われたこと、実施品(原告商品)が優秀で代替性がないことから、侵害行為と損害との間の相当因果関係が容易に肯定される事案である。

2 原告商品の仕入値は一個当たり九八円であり、運送賃等の原告の経費(検査選別のための人件費と運送費等。開発費は全く不要であり、営業のための人件費もほとんど必要がない。)は九円であるため、原価は一〇七円となるが、不良品等もあるので収率を控えめに六五パーセントとして計算すると、最終原価は一六四円六二銭となる(甲第三六号証)。また、原告の新コスモス電機株式会社への売値は、当然のことながら被告会社の売値よりは高く、都市ガス用四七〇円、LPガス用三七〇円である。

これに対し、被告会社が新コスモス電機株式会社に販売した数量の合計は、乙第五号証(被告会社の仕入・売上帳簿)によれば、都市ガス用六一万九五三六個、LPガス用二三〇万九五九九個なので、被告会社が同社にイ号物件を販売していなければ、原告としては同社に同数の原告商品を販売して合計六億六三五三万九三四七円の利益(純利益)を得ていたはずであり、これが原告の損害となる。

但し、乙第五号証は、甲第二一号証(新コスモス電機株式会社の仕入先別買掛台帳写を整理したもの)とは数字が若干異なり(計算違い等が一五か所ほどあるので、何らかの作為が行われたのではないかとも思われる。)、また記載された被告会社の仕入値は疑問である。

【被告らの主張】

原告の主張は争う。

五  争点5(原告による本訴の提起は不当訴訟として不法行為を構成するか。不法行為を構成する場合、原告が被告会社及び被告松本に賠償すべき損害の額)について

【被告会社及び被告松本の主張】

原告による本訴事件の提起及び追行は、被告らに対し、明らかに故意又は過失による不法行為を構成するものであり、これにより被告会社及び被告松本の被った損害は後記4記載のとおりである。

1 原告は、平成六年五月二日に本訴事件を提起したが、その請求原因は、被告らが本件特許権を侵害したというものである。

2 しかし、被告会社は、前記三【被告らの主張】1(一)記載のとおり、昭和六一年一月頃、原告の取締役会長であり新コスモス電機株式会社宛センサ販売の専属担当重役であった甲野の指示により、原告の製品であるとするイ号物件を、甲野の指定したパルエンジニアリング株式会社から仕入れ、これを原告の取引先である新コスモス電機株式会社に納入しはじめたものである。

以来、右取引は、平成五年九月まで何事もなく平穏に続けられてきたが、平成六年五月に至って、突如原告から被告らに対し、本訴事件が提起されたものであり、これは、自らの会社内の内紛を他に転嫁するものである。

3 本訴事件の提起は、以下のとおり極めて不自然なものである。

イ号物件の流通経路は、原告の主張によれば、原告→荒木産業株式会社→パルエンジニアリング株式会社→被告会社→新コスモス電機株式会社というものであるが、このうち、被告会社以外の各社は、原告と極めて密接な関係を有する(荒木産業株式会社及びパルエンジニアリング株式会社の存立自体、第三者的にみれば原告に依存していたことが明らかであり、特に後者の業務は、ほとんど原告のセンサの製造で成り立っていたし、新コスモス電機株式会社は原告の大口ユーザーである。)ものであり、いずれも被告とされていない。

本件取引に関する利益の帰属についても、被告会社には取引金額の五パーセント程度の粗利があるのみで、その余はすべて、被告となっていない原告の関連会社に吸収されていたことになる。

このように、廃品センサ(イ号物件)の取引の中で全く事情を知らない第三者である被告会社及び被告松本並びに単に技術的なことが分かるとして事情を知らないまま断片的に関与させられた被告常深のみが被告とされ、流れの元である荒木産業株式会社や、被告会社の販売先である新コスモス電機株式会社は、被告とされていないのみならず、右両社と原告との間では現在も何事もなかったかのように従来どおりの取引が継続している。

被告会社は、イ号物件の取引について、最初から原告の策謀により都合が悪くなった場合のスケープゴートに仕立てるつもりで誘い込まれたのではないかと疑われる。

本訴事件の訴状の請求原因中には甲野に関する記載が全くなく、そのこと自体、調査不足も甚だしいもので、不当提訴といえるが、特に、原告による訴訟追行中、被告らが平成六年六月二八日付準備書面(同年七月一九日の第二回口頭弁論期日において陳述)に基づき本訴事件の取下げを勧告した時点以降の訴訟追行は、既に被告らが答弁書及び右準備書面において詳しい事実を説明しているにもかかわらず、その事実関係の調査もせず、特許法一〇三条のみにすがって延々と理由のないことが明らかな訴訟を追行してきたものであって、被告らに対する不法行為を構成することが明らかである。

4(一) 被告会社は、本訴事件に応訴するため、弁護士費用として着手金一四〇万円(支払済み)及び報酬金八六〇万円(日本弁護士連合会の規定による最低限金額以内の金額)の支出を余儀なくされた。

(二) 原告による不当訴訟により、被告松本の被った精神的苦痛は極めて多大であり、その慰謝料は五〇〇万円が相当である。

【原告の主張】

被告会社及び被告松本の主張は争う。

第四争点に対する判断

一  争点1(イ号物件は、本件特許発明の技術的範囲に属するか)について

1  《証拠省略》によれば、イ号物件は次の(一)ないし(五)の構成からなるものであることが認められる。

(一) 素子が金属酸化物半導体(SnO2)からなるガス感知素子である。

(二) 右半導体に一対の電極が接続されている。

(三) 右半導体の表面部(シリカ部)にほぼ均一にパラジウムが存在する(本件特許発明の明細書に、白金族酸化触媒フィルターの一例として、パラジウム元素をシリカに担持させたものが挙げられている。)。

(四) センサ温度が高くなると、一酸化炭素(易燃性ガス)中におけるイ号物件の抵抗値は、イソブタンやメタン等の難燃性ガスの場合と異なり、増大するが、これは、一酸化炭素に対する感度が低下することを意味し、一酸化炭素が酸化触媒であるパラジウムによって除去されていることによるものである。

(五) 右半導体を加熱するためのヒーター部が設けられている。

2  そうすると、イ号物件は、前記第二の一2記載の本件特許発明の構成要件をすべて具備し(右(一)及び(二)が構成要件ア及びエを充足し、同様に(三)及び(四)が構成要件イを、(五)が構成要件ウを各充足する。)、本件特許発明の技術的範囲に属することが明らかである。

二  争点2(原告商品の「109」の表示及び商品形態は、原告の商品であることを示す商品表示として周知性を取得したものであり、被告会社がイ号物件を販売することにより原告商品との混同を生じさせたものであるということができるか)について

1  《証拠省略》によれば、原告商品の市場占有率は、低下傾向にはあるものの、LPガス警報器用センサの分野では昭和四四年度から、都市ガス警報器用センサの分野では昭和五五年度から一貫して五割を大きく超えていて第一位の座にあり、特に都市ガス警報器用センサの分野では平成元年度でも八割台に達していること、昭和五八年度以降の原告商品の総売上高は、昭和六三年度まで十数億円、平成元年度、二年度が七、八億円前後であることが認められる。

2  検甲第一号証によれば、原告商品の外観上の商品形態は、原告主張のとおり、

a 金網のキャップとキャップの下側の金属リングと底面のベースからなり、

b キャップの頂面はほぼ平らであり、

c キャップは目が細かいためガーゼ状の質感を持ち、

d 金属リングは、キャップ側の先端が絞られ、底面では金属リングの下部を絞った円環がベースの外周を取り巻き、

e ベースの底面は平らであり、

f ベースから四本の金属ピンが突出し、これらのピンは長方形状に配置されている、

というものであることが認められる。

3(一)  昭和六一年四月株式会社フジ・テクノシステム発行の「化学センサ実用便覧」には、六二五頁に「半導体素子で実用化されているものでは、材料的にはSnO2系とFe2O3系の2つに限られ、構造的には図―5の四のとおりがある。…SnO2系の代表例は、フィガロ技研製で表面積の大きいSnO2材に安定化剤として、α―Al2O3が加えられ、それに活性化剤として、若干のPdを加え、有機シリカ系のバインダーで図―5(a)(b)のごとく、加熱成型されている。商品名♯109が図―5(a)で、図―6(b)の方法で使用される。」との記載があり、九三頁に「SnO2焼結型半導体ガスセンサの構造」として原告商品の外観及び内部構造を表わした一部切欠き俯瞰図(原告商品の説明書掲載の「TGS♯109」の図面と同じもの)が掲載されている。

「電子展望」昭和四九年八月号掲載の原告の技術者木村郁彦の論文「TGSの特長と実際的活用法」には、九四頁に原告商品の外観の写真が、九五頁に「TGSの構造・寸法」として原告商品の前同様の一部切欠き俯瞰図が掲載され、同頁の表「TGSの特性表」に高圧用の種類の一つとして「♯109」の記載があり、九八頁に「TGSを応用した最も簡単な製品として、一般家庭用ガスもれ警報器があげられる…素子は♯109が使われ…」との記載がある。

昭和六二年三月株式会社パワー社発行の「ガスセンサとその応用」には、一〇二頁に「半導体ガスセンサの構造」の「(a)直熱型SnO2ガスセンサ」として原告商品の前同様の一部切欠き俯瞰図が掲載され、一〇二頁の表「SnO2を素材とした半導体ガスセンサの特徴および用途」に家庭用ガス漏れ警報器用のセンサの一つとして「♯109」の記載がある。

(二) 「センサ技術」昭和五七年一月号掲載の理研計器株式会社岩崎信一郎の論文「ガスセンサと応用回路」六九頁の表題部及び七四頁並びに昭和六〇年四月教育社発行の「Newton」別冊「センサのすべて」一八六頁に、原告商品の外観の写真がそれぞれ掲載されている(但し、製造者名が明記されているわけではない。)。

(三) 左記の文献には、原告商品の前同様の一部切欠き俯瞰図が掲載されている(但し、製造者が原告であることまで明記されているわけではない。)。昭和五七年一月社団法人電気化学協会発行の「電気化学および工業物理化学」五〇巻一号(化学センサー特集号)掲載の九州大学総合理工学研究科山添昇の論文「半導体ガスセンサー」に「商用SnO2素子」として、

昭和五七年三月第一刷・平成二年七月第七刷講談社発行の「化学センサー―その基礎と応用―」に「成形焼結型半導体ガスセンサー素子の例」として、

「センサ技術」昭和五七年一〇月号掲載の日本光学工業株式会社豊田堅二の論文「ガス漏れ警報器―そのセンシングメカニズム」に「素子の構成」として、

昭和五八年六月付通商産業省工業技術院大阪工業技術試験所の「化学センサに関する調査研究報告書」に「半導体表面吸着型ガスセンサ」として、

昭和五八年開催の日本表面科学会主催第三回表面科学セミナー「機能表面とセンサー」の内容をまとめた冊子に「代表的なセンサの外観例」として、

昭和五九年七月株式会社工業調査会発行の「センサ活用技術」に「半導体式ガスセンサの代表的構造例」の「SnO2系」として、昭和五九年八月発行の「表面科学」第五巻特集号(表面物性とセンサ)掲載の山内繁の論文「化学センサ(2)」に「半導体ガスセンサの例」として、

「工業材料」昭和五九年一〇月号掲載の長崎大学助教授江頭誠の論文「ガスセンサ材料の現状と問題点」に「ガスセンサの素子」の「(b)商用素子」として、

昭和六〇年三月財団法人大阪科学技術センター発行の「セラミックセンサの開発に関する調査研究報告書」に「(b)商用SnO2ガスセンサの構造」として、

昭和六一年一一月株式会社フジ・テクノシステム発行の「センサ実用事典」に「半導体ガスセンサ素子の構造」の「常圧成形焼結素子(4端子)」を「組み込んだ商用素子の構造例」として。

4  右1ないし3認定の事実に基づき、原告商品の「109」の表示及び商品形態の商品表示性、周知性取得の有無について検討する。

(一) 前記第二の二のとおり、原告は昭和四四年以降「109」の表示を付した原告商品を製造販売しているところ、前記1認定のとおり、原告商品の市場占有率は、LPガス警報器用センサの分野では昭和四四年度から、都市ガス警報器用センサの分野では昭和五五年度から、一貫して五割を大きく超えていて第一位の座にあり、特に都市ガス警報器用センサの分野では平成元年度でも八割台に達しており、昭和五八年度以降の総売上高は、昭和六三年度まで一〇数億円、平成元年度、二年度が七、八億円前後であり、前記3(一)認定のとおり各種文献において「♯109」の表示がガスセンサたる商品の一種を示すものとして使用されていることに甲第一五号証の1~5(富士工器株式会社、矢崎計器株式会社、新コスモス電機株式会社、愛知時計電機株式会社、株式会社ハーマンの各証明書)の記載を併せ考えると、「109」の表示は、遅くとも被告がイ号物件の取引を始めた前年の昭和六二年までには、原告の商品であることを示す商品表示として周知性を取得していたものと認められる。

(二) そもそも商品の形態は、商標等とは異なり、本来的に商品の出所を表示するためではなく、当該商品の機能をよりよく発揮させる等の目的のために選択されるものであり、特にガス漏れ警報器のガスセンサとして使用される原告商品のようにその性能が何よりも重要である商品については、形態に注目して取引されるようなことは一般的にはあまりないといえる。

しかしながら、商品の形態が他者の商品と識別しうる独自の特徴を有している場合には、長期にわたって独占的に販売されるとか、短期間であっても商品形態自体について強力な宣伝広告がされる等の事情により、当該商品の形態が商品表示性を取得し、かつ、その商品表示性を取得した商品形態が周知性を取得することがありうるところ、前記3掲記の各文献の記載、図、写真によれば、前記2認定の原告商品の形態は他の同種のガスセンサとは異なる独自のものであることが認められ、そして、前記3認定のとおり、半導体素子の代表例として原告商品の外観の写真及び一部切欠き俯瞰図が各種書物、論文、雑誌に掲載されていることに前記1認定の原告商品の市場占有率、総売上高、前掲甲第一五号証の1~5(証明書)の記載を併せ考えれば、原告商品の形態は、遅くとも被告がイ号物件の取引を始めた前年の昭和六二年までには、原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し(すなわち商品表示性を取得し)、かつ、周知性を取得していたものと認められる。

5  イ号物件の商品形態は、前記2認定の原告商品の形態と同一であるから、被告会社が「109」の表示を付したイ号物件を販売することにより、原告商品との混同を生ずるものと認められ、現に、後記三1(一五)認定の事実によれば、被告会社からイ号物件を購入した新コスモス電機株式会社の代表取締役社長笠原理一郎は、「109センサ」を原告から(原告商品)と被告から(イ号物件)との二つのルートで購入しているものと認識しており、イ号物件は原告商品と同じものと考えていたことが認められる。

三  争点3((一)被告会社の行為は、原告の指示に基づくものとして違法性を欠くか。(二)被告らには故意・過失があるか。被告松本には被告会社の代表取締役としての職務を行うにつき悪意があるか。(三)甲野についての商法二六二条の適用ないし類推適用により被告らは損害賠償責任を負わないか)について

1  まず、イ号物件の取引の経緯について、《証拠省略》によれば、以下の(一)ないし(一八)の事実が認められる。

(一) 原告の前身は、田口尚義(原告の元取締役会長。以下「田口」という。)が昭和三七年に創業した個人経営の「フィガロ技研」であり、同人は、半導体ガスセンサの研究開発を開始し、昭和四四年一〇月一八日小学校時代の同級生であった甲野とともに原告を設立した。

田口は主として技術面を、甲野は営業面を担当していた(なお、原告商品の商品名「TGS109」のTGSの部分はTagu-chi Gas Sensorの略である。)。

(二) 原告とその主要取引先である新コスモス電機株式会社とは、原告商品の開発について相互協力する等、概ね良好な関係にあった。

ところが、昭和五九、六〇年頃、当時原告代表取締役社長であった甲野が新コスモス電機株式会社に対し原告への資本参加・経営参加を要請したのを同社が断ったところ、甲野は、新コスモス電機株式会社に納入する原告商品の価格を二倍程度に値上げする、これを受け入れなければ原告商品の納入を停止する、と一方的に通知し、実際に一時的に原告商品の納入を停止した。新コスモス電機株式会社は、代替品が容易に購入できる見込みがないため、やむなく右値上げを受け入れ、以後も原告商品の購入を続けたが、原告と新コスモス電機株式会社との関係は険悪になった。

(三) この頃から、甲野は、徳山曹達株式会社との技術提携、同社の資本参加を模索するとともに、原告商品の加工を一部外注化することによるコスト削減の検討を始めた。

外注先として荒木産業株式会社の名が挙げられたが、同社はセンサ業務については全く未経験であったので、甲野は、いわゆる休眠会社であったドナルドデイビス株式会社に、原告の社員であった田中誠をその代表取締役として派遣し、そのほかに原告社員一人、原告の子会社から二人を派遣し、同社に荒木産業株式会社に対する原告商品の加工の技術指導を行わせることにした(甲野が休眠会社のドナルドデイビス株式会社を活用したのは、原告の関連会社であってアイルランドファッションの輸入販売で一定の実績のあるドナルド・デイビス・ジャパン株式会社と商号が類似しているので営業がしやすいであろうとの考慮によるものである。)。

(四) 昭和六〇年一二月二日、甲野、原告取締役砂原将三郎、荒木産業株式会社代表取締役荒木彰一らが出席して原告社内で行われた打合せにおいて、原告商品の加工の外注化の問題のほか、当時原告が在庫品として抱えていた約五〇〇万個の原告商品の不良品の処理についても協議され、原告がこれを同年末に荒木産業株式会社に売却し、荒木産業株式会社はこれをドナルドデイビス株式会社に売却することとされた。

原告商品は都市ガス用センサとしての需要を目的としており、原告において、最初に量産ロット毎の抜取検査を行い、そこで合格したロットに対し、都市ガス用に出荷できるよう全数検査(選別)を行い、この選別で不合格となったものは一旦在庫とし、これらについて今度は要求特性の低いLPガス用に全数検査を行い、この検査でも不合格となったものを不合格品とする。

原告商品のユーザー(例えば新コスモス電機株式会社)においても、原告から納入された原告商品を別に全数検査するが、そこで都市ガス用センサとして不合格とされてユーザーから返品されてきたものでも、再度原告において都市ガス用の選別検査をして合格したものを再出荷することもある。これは、ユーザー毎に検査条件が異なるからである。また、この返品された原告商品のうちには、再度LPガス用の選別検査をすれば合格して使用可能なものも含まれているが、原告商品は基本的に都市ガス用センサとしての需要を目的として生産しているため、LPガス用のものが常に余っており、LPガス用に使用可能であっても不良品として廃棄(解体)処分することがある。

原告商品の不良品を解体する場合は、ペンチ等でリングを破ってキャップを外し、センサチップをもぎり取って中の電極線を回収する。電極線は貴金属のイリジウム・パラジウム合金からなり、原告商品一個当たり一〇円程度、一キログラム(二三〇個)当たり二三〇〇円程度の価値がある。このほか、真ちゅうのリング、ステンレスの金網、ニッケルのピン等も回収価値がある。

そのため、原告は、荒木産業株式会社に対し、廃棄(解体)処分するよう指示して一キログラム当たり一三〇〇円で原告商品の不良品を売却することにしたものである。

(五) このように、原告内では、原告商品の不良品を、廃棄(解体)処分するため、荒木産業株式会社に売却し、荒木産業株式会社はこれをドナルドデイビス株式会社に売却するという話が進行していたのであるが、一方、甲野は、ドナルドデイビス株式会社に田中誠らを派遣して間もなく、田中誠に対し、荒木産業株式会社にある原告商品を購入するために代金を振り込んでおくようにと指示した。ドナルドデイビス株式会社は、指示に従って代金を振り込んだが、右原告商品を現実に受け取ることはなかった。代金は、甲野個人からドナルドデイビス株式会社が借り入れていた四、五〇〇〇万円を充てた。このとき、甲野も、荒木産業株式会社も、ドナルドデイビス株式会社に対し、同社が荒木産業株式会社から購入する右原告商品が廃棄処分を予定されていたもの(不良品)であることを告げなかった(なお、ドナルドデイビス株式会社は、その後も荒木産業株式会社から原告商品の不良品を買い入れ、その数量は約一四六五万個に達した。)。

(六) 荒木産業株式会社は、ドナルドデイビス株式会社の指導を受け、一年ほどで原告商品の加工業務が一応行えるようになった。

ドナルドデイビス株式会社は、荒木産業株式会社に対する右技術指導をひととおり終えた後、しばらくは、原告及び荒木産業株式会社と協議して、原告の荒木産業株式会社に対する原告商品の加工依頼の数量を決定し、その加工作業のうちの一部を荒木産業株式会社から下請けするとともに、荒木産業株式会社に対し、同社が原告商品の加工をする際の材料や部品を調達して(その一部は後記(八)のとおり被告会社から調達した。)納入することを主たる業務としていた。

ドナルドデイビス株式会社は、ドナルド・デイビス・ジャパン株式会社が原告の関連会社でなくなったことから、甲野の指示により、昭和六二年一〇月一日、商号を「パルエンジニアリング株式会社」に変更した。

(七) 原告と徳山曹達株式会社は、昭和六〇年一二月二〇日、①技術交流を行うこと、②徳山曹達株式会社が原告の株式の三割を取得すること、③徳山曹達株式会社が原告の経営に参加すること等を内容とする業務提携に合意した。そして、昭和六一年二月二七日、右合意に従って、甲野が原告の代表取締役社長を退いて代表権のない取締役会長に、徳山曹達株式会社の筆頭常務取締役西田善太郎が原告代表取締役社長に、徳山曹達株式会社の代表取締役社長尾上康治が非常勤取締役にそれぞれ就任し(同年三月二四日登記)、原告の創業者の一人で元取締役会長の田口、原告の取締役五百蔵弘典、同小笠原憲之は、いずれも辞任してそれぞれ原告の関連会社であるフィガロ株式会社、フィガロリサーチ株式会社、ガスシステムサービス株式会社の代表取締役に就任した。この際、原告現代表取締役である松浦俊二も、技術担当のシニアマネージャーとして徳山曹達株式会社から原告に送り込まれ、同年一一月二〇日に取締役に就任した。

このように、徳山曹達株式会社は、原告の代表権を押さえ、資本参加をして異業種であるガスセンサの分野への進出を図ったが、徳山曹達株式会社から送り込まれた三人(実際に原告の経営に携わるのは尾上康治を除く二人)の中にセンサを取り扱った経験のある者はいなかったため、甲野ら原告の旧経営陣と相談をしながら営業を行っていかざるをえない状況にあった。

甲野は、戦略会議(原告の経営トップが参加して営業戦略を協議する会議)において、新コスモス電機株式会社というのは大変ややこしい会社であり、徳山曹達株式会社から来た人がいきなり営業をしてもうまくいかないから、この件については自分が担当したいと述べ、西田善太郎及び松浦俊二もこれを了承し、甲野を、新コスモス電機株式会社との間の原告商品の取引の担当者とすることにした。

甲野は、同年三月二四日、西田善太郎ら原告の役員数名とともに新コスモス電機株式会社を訪問し、西田善太郎が原告の社長となり、自分は会長となったこと、新コスモス電機株式会社に対する原告商品の取引については従前どおり自分が担当することを説明した。

(八) 一方、被告会社は、ニッケル化合物、コバルト化合物等の無機薬品、酢酸等の有機薬品、ニッケル触媒、パラジウム触媒等の触媒などを取り扱う商社であるが、その代表取締役である被告松本は、昭和五七、八年頃、同じ池田カントリークラブの会員同志として甲野と知り合い、同人が被告松本の卒業した関西学院大学の先輩に当たり、センサを開発した原告の創業者社長で、いわゆる成功者の一人であることが分かり、親しくなった。

甲野は、昭和六〇年頃、被告松本に対し、貴金属(イリジウム、パラジウム)合金線の分析表等を示し、その製品の見積作成を依頼した。被告松本は、原告取締役の砂原将三郎から資料を受領したうえ、甲野の指示により石福金属において製品を作らせて、その見積書を原告に提出したところ、甲野から、その製品を被告会社からドナルドデイビス株式会社に納入するよう指示された。その際、被告松本は、ドナルドデイビス株式会社は原告の子会社で下請会社であると聞かされた。この被告会社からドナルドデイビス株式会社に納入されたイリジウム・パラジウム合金は、更に荒木産業株式会社に納入され、原告商品の製造加工に使用された。

(九) 甲野は、昭和六二年後半、被告松本に対し、「原告が輸出用に製造したセンサが余っているので、これを国内で販売してみないか。」と言って、イ号物件について商談を持ち掛けた。

被告松本が被告会社はセンサのような商品は取り扱ったことがなく、販売の仕方も分らず、販売ルートや知識も持っていない旨答えると、甲野は、その販売先として新コスモス電機株式会社を紹介し(このとき、原告が別に同社に直接原告商品を納入していることも告げた。)、同社の資材部長に会うように言い、売却単価(原告から直接新コスモス電機株式会社に納入される単価より低いもの)及び仕入単価を指示したうえ、新コスモス電機株式会社のトップとは話がついているので、売却単価を示せば資材部長から上の方に話がいって検討されるだろうと述べた。

なお、その際、甲野は、原告は前記のとおり被告会社がイリジウム・パラジウム合金を納入しているパルエンジニアリング株式会社(旧商号・ドナルドデイビス株式会社)を通じてセンサを出荷するので、被告会社の仕入先は同社になると告げた。

被告会社の営業担当者である合田が新コスモス電機株式会社の資材部長に対し、甲野から指示された売却単価を提示して原告の輸出用のセンサが余っているので買ってほしいと申し入れ、新コスモス電機株式会社の担当者がこれを同社の代表取締役である笠原理一郎に伝えたところ、同人はよく検査するようにとだけ言って後は担当者に任せた。

一方、甲野は、同じ頃、パルエンジニアリング株式会社の代表取締役田中誠に対し、前記(五)のとおり同社が荒木産業株式会社から購入したことになっている原告商品(実は不良品)を被告会社に販売すること、納入仕様に合うよう、検査や加工をすることを指示し、田中誠を被告会社に同道して紹介した。また、甲野は、田中誠に対し、この販売については公言せず、被告会社とはあまり親しくしないよう指示した。

(一〇) パルエンジニアリング株式会社・被告会社・新コスモス電機株式会社間の取引条件は、仕入先であるパルエンジニアリング株式会社に対する被告会社の支払が現金、販売先である新コスモス電機株式会社の被告会社に対する支払が一部手形、一部現金というものであり、また被告会社のいわゆるマージンは五パーセント程度で、被告会社が一般に取り扱う商品のマージンと比較して相当低かったが、被告松本としては、販売先が確保されていたため、その条件を了承した。取引の実際は、被告会社がイ号物件をパルエンジニアリング株式会社から受け取って新コスモス電機株式会社に納入するというものであった。販売数量については、甲野と新コスモス電機株式会社の取締役であった竹内とで決めていた。

(一一) 被告会社がイ号物件の取引を初めて数か月後、予想外に頻繁に右納入及び後記(一三)の返品のための運搬業務があり、専従の社員を雇用する必要も生じたこと、新コスモス電機株式会社からの支払が手形であることによる金利負担が思ったより重いことから、被告松本は、甲野に対し、もう少し被告会社のマージンを上げてもらえないかと打診したが、甲野は、取引数量が多くなれば問題は解決すると述べて断った。

(一二) パルエンジニアリング株式会社から被告会社を通じて新コスモス電機株式会社に納入されるイ号物件について、パルエンジニアリング株式会社は、当初、原告商品(不良品)を改めて測定器にかけ、合格との測定結果が出たものについて、貼られていたシールを外して、新しいシールを貼るという作業をしていた。右のシールの貼替え作業は、甲野の指示に基づいてしたものであり、貼られていたシールが古いもので、当時原告から新コスモス電機株式会社に直接納入されていた原告商品に貼られていたシールと色が違ったので、色をこれに合わせる必要があり、一方で、原告から新コスモス電機株式会社に直接納入されていた原告商品と区別するために(被告会社経由で納入されたものであることを示すために)シールに◆のマークを印字する必要があったことによるものである。新しいシールは、パルエンジニアリング株式会社内のコンピュータで印字し、貼替え作業は外注した。右測定の作業、シール貼替えの外注、イ号物件の被告会社への納入、不良品の返品の受領は、平成元年から甲野及びパルエンジニアリング株式会社の田中誠の指示のもとに被告常深が行うようになった。

(一三) しかし、イ号物件はもともと原告商品の不良品であるため、当初その多くが新コスモス電機株式会社における検査で不合格となった(特に都市ガス用のものは、合格率が昭和六三年上半期四一・六パーセント、下半期一三・六パーセントであり、平成元年上半期には返品のみとなり、同年及び平成二年の二年間にわたって出荷が停止されている。)。被告会社は、その返品分を新コスモス電機株式会社まで引取りに行って、パルエンジニアリング株式会社に運搬するという作業をしていた。

平成元年六月頃、新コスモス電機株式会社から被告会社に対し不合格となるイ号物件が多いことについて問合せがあったが、被告会社は、センサに関する知識・技術が全くなかったので、甲野に相談した。甲野は、パルエンジニアリング株式会社の従業員である被告常深に説明させることにしたが、その際、被告常深は被告会社の窓口業務を行うので被告会社の従業員ということにして行かせるよう指示したため、被告常深は、被告会社において用意した同社の「営業第二課」の肩書を付した名刺を持って新コスモス電機株式会社を訪ね、イ号物件が不合格となる理由を聞いた。以後も、被告会社は、技術的な問題が生じるたびに被告常深に連絡し、被告常深は、新コスモス電機株式会社を訪れて問題点を把握し、パルエンジニアリング株式会社の田中誠に報告した(被告常深は、被告会社から給料等の支払は一切受けておらず、被告会社の従業員になったわけではない。)。

そして、甲野は、パルエンジニアリング株式会社の田中誠に対し、前記(一二)の作業に加え、イ号物件が新コスモス電機株式会社の要求仕様(メタン、イソブタンに対する感度)を満たすように、キャップを外して中にあるセンサ部分を取り出し、白金、パラジウムのような貴金属触媒を溶解した液に漬けその後焼成したり、電圧をかけて処理するという再生処理をするよう指示した。もともとこの再生処理の方法は原告のノウハウに属する事項であったが、パルエンジニアリング株式会社も、荒木産業株式会社の下請けをしていた(前記(六))関係で、この技術を有していたものである。右再生処理の作業は、田中誠の指示の下に被告常深が行った。

(一四) このようにして甲野が被告会社から新コスモス電機株式会社にイ号物件を販売させたため、原告から新コスモス電機株式会社への原告商品の販売数量は大幅に減少した(昭和六三年度〔昭和六三年四月~平成元年三月。以下同様〕に約一〇五万個となって、昭和六〇年度のピーク時の約二二三万個に比べて二分の一以下、前年昭和六二年度の約一四八万個と比べても約七一パーセントとなり、平成元年度には約四九万個となって昭和六〇年度の約二二パーセント、昭和六二年度の約三三パーセントとなり、その後僅かに回復したものの、五十数万個ないし六八万個程度であった。)。

甲野は、原告の戦略会議において、右納入数量の減少の原因について、①マイコンメーターの普及による新コスモス電機株式会社のLPガス用警報器の市場占有率の低下、②都市ガス用警報器の有効期間が昭和六一年販売分に遡って三年から五年に延長されたこと(したがって、平成元年に交換されるはずであった昭和六一年販売分の有効期間の延長により平成元年の交換需要がなくなる。)による国内需要全体の減少、③原告商品のような半導体式センサの外に、熱線式という新しい方式のセンサが開発され、新コスモス電機株式会社も自らこれを開発して、既に工業用ガス漏れ警報器に使用していること、④新コスモス電機株式会社の側で、在庫一四〇万個を抱えており、七〇万個分は余分であるから当面原告から購入する必要がないとしていること等を挙げて(当然イ号物件の取引については全く触れないで)説明し、西田善太郎、松浦俊二ら徳山曹達株式会社から原告に送り込まれた役員も、不慣れな業界のことであるので、その説明に納得せざるをえなかった。松浦俊二が新コスモス電機株式会社側の窓口であった前記竹内に対し、ゴルフ等の機会に、原告商品をもっと買うように要請しても、竹内は、在庫が余っていると答えるのみであった。そして、甲野は、戦略会議において、新コスモス電機株式会社に原告商品をいつまでも買わせるなどと述べていた。

(一五) 松浦俊二は、平成三年四月一日に原告の代表取締役社長に就任し、甲野は、同年六月一〇日に取締役会長を退任して相談役に就任し、同時に新コスモス電機株式会社との間の原告商品の取引の担当者の地位も退いた。松浦俊二は、代表取締役就任の際、徳山曹達株式会社から、原告は既に一〇〇パーセント徳山曹達株式会社の資本となっているから自分の好きなようにやればよい、と言われた。

松浦俊二は、代表取締役に就任した年は原告商品の売行きについてあまり細かくチェックしなかったが、平成四年から調査検討を始め、高圧ガス保安協会から公表される業界全体の警報器生産個数(検定合格個数)は、昭和六三年度四五二万個、平成元年度三七四万九〇〇〇個(昭和六三年度を一〇〇として八三パーセント)、平成二年度四二七万八〇〇〇個(同九五パーセント)、平成三年度四八五万二〇〇〇個(同一〇七パーセント)であり、平成元年度、二年度に若干落ち込んでいるものの、極端なものではなく、甲野の前記(一四)①~④の説明を考慮しても、新コスモス電機株式会社に対する原告商品の販売数量の減少は異常であると考えた。そして、平成四年一二月九日、松浦俊二は、大阪ガス株式会社(新コスモス電機株式会社の主要取引先)の副社長及び新コスモス電機株式会社の代表取締役社長笠原理一郎との懇親の席で、同社と原告との関係修復を約し、翌日、右笠原に対し、新コスモス電機株式会社に対する原告商品の販売数量の減少について不審の念を持っている旨述べたところ、右笠原は、「109センサ」については、原告前代表取締役西田善太郎の時代から原告と被告会社との二つのルートで購入している旨答え、イ号物件の取引が発覚した。

(一六) 甲野は、イ号物件の取引が発覚した直後、パルエンジニアリング株式会社の田中誠に対し、被告会社にイ号物件を納める仕事はやめるよう指示した。

しかし、既に納入したイ号物件のうち不良品として返品されたものを補うための取引は、平成五年九月まで継続した。

原告から新コスモス電機株式会社に対する原告商品の販売数量は、甲野の右指示があった直後の平成五年度には約一二八万個と前年平成四年度の約六八万個の約一・八八倍になり、平成六年四月~一二月の期間も約一〇〇万個であって、大きく回復し、昭和六二年度の水準に近づいている。

(一七) 被告松本は、平成五年三月一七日に原告から被告会社宛に送付されてきたイ号物件の取引に関する質問状においてその差出人である原告代表取締役の名が松浦俊二となっていたこと、すべて甲野の指示どおり行っているにもかかわらず、このような質問状が原告から送られてきたことに驚き、甲野に確認したところ、甲野は、原告における甲野の地位が前記のとおり変わってきていることを認めたが、原告内部のことなので甲野の方で処理するから、返事は出さなくてよいと指示した。

(一八) 被告常深は、大阪体育大学一年生の時(昭和五七年)から原告においてアルバイトとして勤務し、原告商品の製造工程(素子挿し〔センサをパレットに挿す作業〕、焼成、測定、カシメ)に関与した。

被告常深は、昭和六一年三月に大学を卒業し、採用されなかった公立高校の体育の教諭の採用試験を翌年度も受験すべく原告においてアルバイトを続けていたが、同年五月からは甲野の指示でドナルドデイビス株式会社に移り、一年後の昭和六二年五月、甲野の勧めもあり、ドナルドデイビス株式会社(昭和六二年一〇月一日「パルエンジニアリング株式会社」に商号変更)の正社員となった。当初の一年半程度は加工作業の外注先への集配作業を行い、その後、平成元年頃から、原告から荒木産業株式会社が下請けした原告商品の加工作業及び荒木産業株式会社から更にパルエンジニアリング株式会社が下請けした原告商品の加工作業についての工程管理を行い、また、前記(一二)、(一三)のとおりイ号物件の取引に関与した。

被告常深は、平成元年六月頃、パルエンジニアリング株式会社代表取締役田中誠から自己を同社の取締役にした旨聞かされたが、それによって仕事の内容が特段変化したわけではない(平成五年三月同社退職)。

2  右1認定の事実に基づき、争点3の(一)ないし(三)につき、順次判断する。

(一) (違法性阻却事由の有無)

前記一及び二に説示したところによれば、被告会社がイ号物件を新コスモス電機株式会社に販売した行為は、本件特許権を侵害するものであり、かつ、不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争に当たることが明らかであるところ、被告らは、被告会社がイ号物件をパルエンジニアリング株式会社から購入して新コスモス電機株式会社に販売したのは、原告の創業者で代表取締役社長であった甲野の指示に基づくものであり、甲野が当時既に代表取締役社長を退任して取締役会長となり代表権を失っていたとしても、同人は原告のセンサ販売業務を担当していたものであり、結局被告会社は原告の指示に基づいてイ号物件を購入、販売したことになるから、違法性を阻却される旨主張する。

しかし、イ号物件の取引の経緯についての右1認定の事実によれば、被告会社は甲野の指示に基づいてイ号物件を購入、販売したものであるところ、イ号物件はもともと原告商品の不良品であり、廃棄(解体)処分することを前提に荒木産業株式会社に売却されたものであって、それが、当初はシールを貼り替えただけで、その後は再生処理をも施されたうえで、パルエンジニアリング株式会社を経由して被告会社に販売されたもの(いわば横流し)であり、そして、甲野は、被告松本にイ号物件の取引を持ち掛けた昭和六二年後半より前の昭和六一年二月二七日に既に原告の代表取締役社長を退任し(同年三月二四日登記)、代表権のない取締役会長に就任していたものであって、イ号物件の取引当時、原告と新コスモス電機株式会社との間の原告商品の取引の担当者とされていたとはいえ、もとよりそれは正規の原告商品の取引についてであるから、イ号物件は、原告すなわちその代表権限を有する原告代表取締役の意思に基づいて流通に置かれたものでないことが明らかであり、被告会社によるイ号物件の購入、販売が甲野の指示に基づくものであるからといって違法性が阻却されるとすることはできない。

被告らは、甲野が原告の代表取締役社長から取締役会長になった直後である昭和六一年三月二四日、新たに代表取締役社長となった西田善太郎他数名の原告役員を帯同して新コスモス電機株式会社を訪問し、同社の役員及び西田善太郎ら原告役員の前で、西田善太郎が原告の社長となり、自分は会長となったこと、新コスモス電機株式会社とのセンサの取引は従前どおり甲野において担当することの二点を言明しているし、また、甲野は右代表取締役社長辞任から二年経った昭和六三年一月になっても、原告の経営戦略会議において経営の根幹に関する話をし、新コスモス電機株式会社の担当は従来どおり続ける旨言明していることからすると、原告においては、少なくとも新コスモス電機株式会社との間のセンサ取引については、すべて甲野に委ねていたことは明白であり、したがって、被告会社が甲野の指示に基づきイ号物件をパルエンジニアリング株式会社から仕入れて新コスモス電機株式会社に販売したことは、とりもなおさず原告の指示に基づき右取引を行ったものと法的には同一視しうるものである旨主張するが、前示のとおり甲野が新コスモス電機株式会社との間の取引の担当者とされていたのはあくまで正規の原告商品の取引についてであるから、原告商品の不良品の横流しというべきイ号物件の取引についてまで、原告の指示に基づき行ったものと法的に同一視することはできない。

また、被告らは、イ号物件の取引において、被告会社の納入先は原告の大口取引先の新コスモス電機株式会社であり、仕入先は原告の子会社であるパルエンジニアリング株式会社であるから、取引の開始自体原告の関与なしにはできるはずがなく、イ号物件の取引が始まった後でも、原告が新コスモス電機株式会社に問合せ等をすることなく、イ号物件の取引に五年余りもの間何の支障も生じなかったのは、原告が被告会社と新コスモス電機株式会社との取引を知っていたか、少なくとも黙認していたことによるものと考えざるをえない旨主張するが、イ号物件の取引の開始の事情及びイ号物件の取引の事実が発覚しなかった事情は、前認定のとおりであり、右被告らの主張は採用できない。更に、被告らは、原告の現代表取締役松浦俊二も本件が発生する直前まで甲野から同人所有の家屋を借り受けて居住していたものであり、朝一緒に散歩したり、自宅近辺の夜飲食する店を紹介してもらい一緒に出入りする等、極めて昵懇な仲であったことからみて、松浦俊二自身、被告会社と新コスモス電機株式会社との間のイ号物件の取引を当初から知っていたことは容易に推測できる旨主張するが、仮に甲野と松浦俊二が被告ら主張のような昵懇の仲であったとしても、前認定によれば、甲野は松浦俊二ら徳山曹達株式会社から派遣された役員に対し、イ号物件の取引が発覚しないよう隠していたことが明らかであるから、右主張も採用しえない。

(二) (故意・過失)

(1) 原告は、被告らには本件特許権侵害行為及び不正競争行為について故意がある旨主張するところ、被告会社についてはその代表取締役である被告松本に故意があるかどうかによって判断することになる。

原告は、イ号物件の取引当時甲野が既に原告の代表権を失っていたことを被告松本が知っていたとする根拠として、甲野の紹介で被告会社がパルエンジニアリング株式会社との間の貴金属合金線の取引を継続中であったという昭和六一年には、徳山曹達株式会社(現商号「株式会社トクヤマ」)が原告と事業提携するということがマスコミで報じられており、そこでは甲野が原告の代表取締役を退いたことまで報道されていること、昭和六一年三月時点での挨拶状である甲第三三、第三四号証には、甲野が原告の「代表取締役を辞任し、取締役会長に就任」「西田善太郎氏を私の後任の代表取締役として、迎える」(甲第三三号証)、「取締役会長甲野某」「代表取締役社長(新任)西田善太郎」(甲第三四号証)と明記されていることを挙げるが、被告松本がこれらの記事を見たり、挨拶状を受け取ったことを認めるに足りる証拠はない。いずれも被告会社名義の、昭和六一年六月吉日の本社・倉庫移転予告の葉書、昭和六二年元旦の年賀状では、宛名が「フィガロ技研株式会社甲野会長殿、砂原専務殿」と表示されていることが認められるが、被告松本の供述によれば、これらはいずれも被告会社の一従業員が宛名を記載して発送したものと認められるから(右葉書、年賀状の発送は、いずれもその内容からして日常のルーティーンワークの一環と考えられる。)、このことによっては未だ被告松本において甲野が代表権を失っていることを知っていたと認定することはできない。甲野は、パルエンジニアリング株式会社の代表取締役である田中誠に対し、被告会社とはあまり親しくしないよう指示していたことは前記1(九)認定のとおりであり、被告松本は、イ号物件の取引の背景や甲野の権限についての詳しい事情は知らなかったものと推認される。

また、原告は、被告会社はイ号物件について相当多額な販売をしており(平成三年度で約三億二五〇〇万円、平成四年度で約三億〇七〇〇万円)、被告会社の売上高からすれば新コスモス電機株式会社はトップクラスの納入先であったと思われるにもかかわらず、被告会社のパンフレットや新聞記事では主要納入先として新コスモス電機株式会社の名前が挙げられておらず、主力製品としてガスセンサが記載されていないし、イ号物件の製造元でパルエンジニアリング株式会社の親会社だと思っていたという原告に被告松本は年末年始の挨拶にすら来ていないことからすると、被告会社はイ号物件の取引を隠蔽しようとしていたものと疑われる旨主張するが、右被告会社のパンフレットに主要納入先として新コスモス電機株式会社の名前を挙げていないのは、被告会社はセンサについて全く知識も技術もなく、仕入先、納入先も指示されてただ運搬する程度のことしかできない特殊な仕事であったので、これを記載しなかっただけのことで、他意はないとの被告らの主張及びこれに沿う被告松本(被告会社代表者)の供述も、同パンフレットの最終頁の「沿革」欄に「センサー…等と業務範囲を拡大している」と記載していることを考慮しても、あながち不合理とはいえず、被告松本が原告に挨拶に行っていないことをもって直ちに被告松本に故意があることの証左ということもできない。

更に、原告は、被告会社がイ号物件の取引を始めるについては、当初甲野が輸出用に製造したセンサが余っているので(スポット的ということを意味する。)これを販売してみないかと持ち掛けてきたものであるといいながら、その後長年にわたって膨大な量のイ号物件の取引を継続してきたことからも、故意の存在は十分推認できる旨主張するが、このことは過失の存在を基礎付ける間接事実とはなるものの、これをもって被告松本に故意があるとすることはできない。

その他、本件全証拠によるも、被告松本、ひいて被告会社に本件特許権侵害行為及び不正競争行為について故意があると認めることはできない。

被告常深についても、本件特許権侵害行為及び不正競争行為につき故意があると認めるに足りる証拠はない。

(2) 次に、被告らの過失の有無について検討するに、被告会社については前同様被告松本に過失があるかどうかによって判断することになる。

ⅰ) まず、本件特許権の侵害については、特許法一〇三条により過失があったものと推定されるから、被告らとしては、その責任を免れるには抗弁として過失が存在しないことを証明しなければならない。その抗弁の内容は、原告の主張する、①本件特許権の存在を知らなかったことに相当の理由があったこと、又は②本件特許権の存在は知っていたが、イ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属しないと信じるについて相当の理由があったことが代表的なものではあるが、それに限定されると解すべきではなく、自己の行為が本件特許権を侵害しないと信じるについて相当の理由がある場合一般を含むと解すべきであり、本件に即して被告松本ひいて被告会社についていえば、イ号物件が流通を予定された原告の正規の商品であり甲野が原告においてその販売に当たる正当な権限を有すると信じるについて相当な理由がある場合には、過失が存在しないものというべきである(したがって、本件は特許法一〇三条が適用されるべき事案ではないとする被告らの主張は採用しえず、原告の主張も、右無過失の抗弁の内容は右①又は②のいずれかに限られるとする点では採用できない。)。

しかして、被告松本の供述によれば、被告松本は本件特許権の存在を知らなかったことが認められるところ、被告会社は、前記のとおり、ニッケル化合物、コバルト化合物等の無機薬品、酢酸等の有機薬品、ニッケル触媒、パラジウム触媒等の触媒などを扱う商社であり、原告代表者の供述及び弁論の全趣旨によれば、被告会社の取り扱うこれらの商品については特許権等が多数成立していることが認められるのに、被告松本の供述によれば、被告松本は特許権等の存在について全く注意を払っていなかったことが認められるから、被告松本が本件特許権の存在を知らなかったことにつき相当の理由があったということはできない。すなわち、右①の抗弁事由の存在は認められない(当然、②の抗弁事由の存在も認められない。)。

また、被告松本は、前示のとおり、イ号物件の取引の背景や甲野の権限についての詳しい事情は知らなかったものであるが、甲野から「原告が輸出用に製造したセンサが余っているので、これを国内で販売してみないか。」と言ってイ号物件の商談を持ち掛けられ、その販売先として新コスモス電機株式会社を紹介された際、原告が別に同社に直接原告商品を納入していることも告げられているのであるから、右甲野の話による限りイ号物件の取引はいわばスポット的なものであるにもかかわらず、これがその後長年にわたって継続するということは不自然であること、前掲乙第五号証によれば、被告会社がイ号物件をパルエンジニアリング株式会社から購入して新コスモス電機株式会社に販売するという取引(数量は、甲野と新コスモス電機株式会社の取締役の竹内とで決めていた。)は、昭和六三年一月一二日に都市ガス用二〇〇〇個(そのうち返品一六〇二個)、同月二一日に同二〇〇〇個(返品九一一個)、同年二月二六日に同二〇〇〇個(返品四九三個)の取引が行われた後、間を置いて、同年四月一六日に都市ガス用一万四四〇〇個(返品六一二六個)、同月二三日に同一万四四〇〇個(返品五八五八個)、同年五月九日に同一万四四〇〇個(同月一六日分と合わせて返品二万七〇〇〇個)、同月一六日に同一万四四〇〇個というように、一回の取引数量が一挙に約七倍に増大していることが認められることに照らせば、輸出用に製造したセンサが余っているという甲野の話を一旦は信じるとしても、右のように約二か月後に一回の取引数量が一挙に約七倍に増大した時点では、不審に思って当然であるから、被告松本の、「商品を複数のルートで納入することは一般に行われているところであり、仕入先であるパルエンジニアリング株式会社に対する被告会社の支払が現金であるのに対し、販売先である新コスモス電機株式会社の被告会社に対する支払が一部手形、一部現金であり、また、返品が相当多かったので、甲野がイ号物件の取引に被告会社を関与させたのは、パルエンジニアリング株式会社に対する一種の資金調達やイ号物件の納入・返品の運搬業務を被告会社にさせるためであると考えていた。」との供述を考慮に入れてもなお、同年四月一六日以降のイ号物件の取引については、イ号物件が流通を予定された原告の正規の商品であり、甲野が原告においてその販売に当たる正当な権限を有すると信じるについて相当な理由があるとはいうことはできない。すなわち、被告会社について前記無過失の抗弁は採用することができない。したがって、格別の事由のない限り、被告会社は、民法七〇九条、四四条により本件特許権の侵害につき責任を負うものといわなければならない。

更に、原告は、被告松本には、本件特許権の侵害に関し、被告会社の代表取締役としての職務を行うにつき商法二六六条の三第一項にいう悪意があるとして、同条項に基づき被告松本の代表取締役としての責任をも追及するところ、前記(1)に説示したところによれば、右悪意があったといえないことは明らかであり、右「悪意」があるとの主張に同条項にいう「重大な過失」があるとの主張を含むとしても、前認定の事実によれば、イ号物件の取引には前示のとおり不自然な点があったものの、イ号物件の取引は原告の創業者の一人でかつて代表取締役社長の地位にあった甲野が被告松本に持ち掛け、甲野の主導のもとに継続されたものであり、しかも、甲野は、イ号物件の取引の背景や自らの権限についての詳しい事情を被告松本に知らせないように努めていたものと推認されるから、被告松本に被告会社の代表取締役としての職務を行うにつき重大な過失があるということはできない。したがって、被告松本に対する本件特許権の侵害に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

次に、被告常深の過失の有無について検討するに、前記認定事実によれば、被告常深は、甲野が代表取締役社長をしていた原告に大学一年生の時(昭和五七年)から四年間アルバイトとして勤務した後、昭和六一年五月から当時原告の代表権を有しない取締役会長になっていた甲野の指示でパルエンジニアリング株式会社(旧ドナルドデイビス株式会社)に移り、その一年後の昭和六二年五月に甲野の勧めで同社の正社員となった一従業員にすぎず、甲野の代表権の有無を含む原告の内部事情や、パルエンジニアリング株式会社と被告会社との取引内容について知るべき立場にはなかったこと(被告常深は、平成元年六月頃、パルエンジニアリング株式会社代表取締役田中誠から自己を同社の取締役にした旨聞かされたが、それによって仕事の内容が特段変化したわけではない。)、イ号物件の取引についても甲野及び田中誠の指示によって関与したものであり、その関与の内容も、外注先及び被告会社との間のイ号物件の受渡しや測定、加工といった事務的、技術的なことが中心であったこと(この関係で、甲野の指示により、被告会社の用意した同社「営業第二課」の肩書を付した名刺を持って新コスモス電機株式会社を訪ね、イ号物件が不合格となる理由を聞くなどしたが、被告会社から給料等の支払は一切受けておらず、被告会社の従業員となったわけではない。)、特に、被告常深がイ号物件の取引に右のように関与した同じ頃にパルエンジニアリング株式会社で行っていた業務には、原告から荒木産業株式会社が下請けした原告商品の加工作業及び荒木産業株式会社から更にパルエンジニアリング株式会社が下請けした原告商品の加工作業についての工程管理のような、原告商品についての正規の作業も含まれていたことを考慮すれば、パルエンジニアリング株式会社の一従業員たる被告常深としては、原告の創業者の一人で取締役会長でもある甲野及びパルエンジニアリング株式会社の代表取締役田中誠の指示の下に行っている作業が原告の承諾に基づく適法な作業であると信じても無理からぬところがあるというべきであり、被告常深には本件特許権の侵害について過失はないものというべきである。

したがって、被告常深に対する本件特許権の侵害に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものといわなければならない。

ⅱ) イ号物件の販売による不正競争行為について、前記ⅰ)及び(1)に説示したところによれば、被告会社の代表取締役である被告松本には過失があるが、商法二六六条の三にいう悪意又は重大な過失があるとはいえず、被告常深には過失があるとはいえない。

したがって、イ号物件の販売による不正競争行為については、本件特許権の侵害と同様、被告会社は格別の事由のない限り責任を負うというべきであるが、被告松本及び被告常深に対する損害賠償請求は理由がないというべきである。

(三) (商法二六二条の適用ないし類推適用の有無)

被告らは、甲野についての商法二六二条の適用ないし類推適用により損害賠償責任を負わないというべきであると主張する。

しかし、表見代表取締役の制度は、会社が代表権を有しない者に社長、副社長、専務取締役、常務取締役等代表権があるかのような名称(一般的には「取締役会長」もこれに含まれる。)を付していた場合において、その者が会社の代表取締役として取引行為をしたとき、取引の安全の見地から善意の第三者との関係では右取引行為につき会社が責任を負うとするものであるところ、本件は特許権侵害及び不正競争という不法行為の事件であり、甲野が原告の代表者として被告会社とした法律行為の効果が原告に帰属するか否かが問題となっているわけではなく、しかも、被告松本は甲野が原告の代表取締役社長を退任して取締役会長に就任したことを知らなかったのであり、したがって甲野の原告取締役会長という肩書を信じて取引をしたということもないから、商法二六二条の適用ないし類推適用の余地はないというべきである。

四  争点4(被告らが損害賠償責任を負う場合、原告に賠償すべき損害の額)

1  前記三1の(一四)及び(一六)認定のとおり、原告から新コスモス電機株式会社に対する原告商品の販売数量は、被告会社が新コスモス電機株式会社に対するイ号物件の販売を開始した昭和六三年度に大幅に減少し、甲野がパルエンジニアリング株式会社の田中誠に対し被告会社にイ号物件を納める仕事をやめるよう指示した直後の平成五年度に大きく回復し、昭和六二年度の水準に近づいていること、同じく三1の(二)認定のとおり、昭和五九、六〇年頃に原告が新コスモス電機株式会社に納入する原告商品の価格を二倍程度に値上げすると一方的に通知した際も、新コスモス電機株式会社は代替品が容易に購入できる見込みがないためやむなく右値上げを受け入れ、以後も原告商品の購入を続けたことに鑑みると、被告会社が新コスモス電機株式会社に対しイ号物件を販売していなかったならば、新コスモス電機株式会社は、被告会社から購入したイ号物件と同数の原告商品を原告から購入していたであろうと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがって、原告は、被告会社の本件特許権侵害行為及び不正競争行為により、新コスモス電機株式会社に対する原告商品の販売により得られたはずの純利益(原告商品の一個当たりの純利益額にイ号物件の販売個数を乗じたもの)を喪失したことによる損害を被ったものというべきである。

2  《証拠省略》によれば、原告商品の仕入価格は一個当たり九八円(材料費四五円、外注加工費四八円等)であり、仕入れ後の原告の経費(検査選別のための人件費と運送費等。開発費は全く不要であり、営業のための人件費もほとんど必要がない。)は九円であって、原価は一〇七円であること、右原価は良品と不良品とを選別する前の仮原価であり、収率(良品合格数の全生産数に占める割合)の平均六一・〇三パーセントを考慮すると、最終原価は一個当たり一七五・三二円となること、原告商品の新コスモス電機株式会社への売値は、都市ガス用四七〇円、LPガス用三七〇円であることが認められ、これに反する証拠はない。したがって、原告商品の一個当たりの純利益は、都市ガス用二九四・六八円、LPガス用一九四・六八円となる。

そして、《証拠省略》によれば、被告会社は、昭和六三年四月一六日以降、少なくとも都市ガス用合計六一万六五四二個、LPガス用合計二三〇万九五九九個のイ号物件を新コスモス電機株式会社に販売したことが認められるので、被告会社が新コスモス電機株式会社にイ号物件を販売していなければ、原告は同数の原告商品を同社に販売して合計六億三一三一万五三二九円(都市ガス用一億八一六八万二五九六円、LPガス用四億四九六三万二七三三円)の純利益を得ていたものと認められる。

3  しかしながら、前示のとおりイ号物件の取引について被告会社の代表取締役である被告松本に過失があることは否定できないものの、前認定の事実によれば、そもそもイ号物件の取引は、代表権を失っていたとはいえ原告の取締役会長で新コスモス電機株式会社との間の原告商品の取引の担当者であった甲野から被告松本に持ち掛けたものであり、甲野の主導のもとに継続されたものであって、甲野が原告商品の不良品をいわば横流しし、これを被告会社が詳しい背景事情を知ることなく購入し販売したというものであるから、過失相殺の法理により(甲野には、過失というより故意がある。)、右損害額のうち一割に相当する六三一三万一五三二円の限度で被告会社に賠償責任を負わせるのが相当というべきである(なお、前記第三の三【被告らの主張】2(四)(1)において、被告らは、万一イ号物件が偽物であることによって被告会社が損害を被っていたとすれば、原告は、原告の業務担当取締役会長であった甲野の使用者として被告会社から損害賠償請求を受ける立場にあったのに、たまたま被告会社にも新コスモス電機株式会社にも損害が発生しなかったからといって、反対に原告から被告会社に対して損害賠償を請求できるというのは、矛盾している旨主張するが、被告会社が原告に対して六億三一三一万五三二九円の損害賠償義務〔過失相殺前〕を負わされたことをもって甲野による不法行為によって生じた損害と捉えるとすれば、もし被告会社の代表取締役である被告松本に全く過失がなければ、被告会社は甲野の使用者である原告に対して同額の損害賠償請求権を取得するから、計算上、実質的な相殺の結果、被告会社が原告に賠償すべき額は零となるのであり〔原告の被告会社に対する損害賠償請求は棄却される。〕、被告ら主張のような矛盾はない。ただ、本件では、被告松本に過失のあることは否定できず、被告松本すなわち被告会社と原告との責任割合は一割対九割とするのが相当であるから、原告の被告会社に対する六億三一三一万五三二九円の損害賠償請求権のうちいわば被告会社の原告に対する損害賠償請求権でもって相殺しきれない残りの一割相当分の六三一三万一五三二円について、被告会社に損害賠償責任があることになるのである。)。

なお、民法所定年五分の割合による遅延損害金については、イ号物件の最後の取引(返品を除く。)が行われた平成五年九月一三日から付するのが相当というべきである。

五  争点5(原告による本訴の提起はいわゆる不当訴訟として不法行為を構成するか。不法行為を構成する場合、原告が被告会社及び被告松本に賠償すべき損害の額)

訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる(最高裁昭和六三年一月二六日判決・民集四二巻一号一頁)というべきところ、原告の被告会社に対する訴えは、その請求が理由があるのであるからこれに該当しないことは明らかであり、また、原告の被告松本に対する訴えは、結局その請求は理由がないものの、前記認定事実に徴すれば、原告がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとは認められない。

被告会社及び被告松本は、本訴の提起は極めて不自然なものであるとし、イ号物件の取引の中で被告会社及び被告松本並びに被告常深のみが被告とされ、原告と極めて密接な関係を有する、流れの元である荒木産業株式会社や被告会社の販売先である新コスモス電機株式会社は被告とされていないのみならず、右両社と原告との間では現在も何事もなかったかのように従来どおりの取引が継続している旨主張するが、本件におけるイ号物件の取引には中心人物の甲野が死亡しているために疑問な点が残らないではないものの、イ号物件取引の流通過程に順次関与した者の中の誰を被告とするかは、被害者である原告が、各関与者の故意・過失の存在や行為と損害との間の因果関係等についての立証の難易等を考慮して自由に決しうるところといわざるえない。また、被告会社はイ号物件の取引について最初から原告の策謀により都合が悪くなった場合のスケープゴートに仕立てるつもりで誘い込まれたとの被告会社及び被告松本主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

その他右被告らの主張(前記第三の五)を考慮しても、本訴の提起が不法行為を構成するということはできない。

したがって、右被告らの原告に対する反訴請求は、いずれも理由がないといわなければならない。

第五結論

よって、本訴請求のうち、原告の被告会社に対する請求は右第四の四認定の限度でこれを認容し、その余を棄却し、被告松本及び被告常深に対する請求をいずれも棄却することとし、被告会社及び被告松本の原告に対する反訴請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 本吉弘行)

<以下省略>

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